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仙台地方裁判所 平成4年(ワ)1447号 判決 1999年1月19日

主文

一  被告は、原告に対し、金九一七〇万二五四九円及びこれに対する平成三年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、右一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  争いのない事実

原告と被告が、平成二年一一月初めころ知り合い、付き合うようになったこと、平成三年三月九日、原告が妊娠していることがわかったこと、同月一六日午後六時ころ、北海道桧山郡上ノ国町字館野無番地付近の国道二二八号線において、原・被告の乗車した原告所有の本件車両が、右国道から路外に逸脱し、電柱に激突するという事故(本件事故)が発生したことは、当事者間に争いがない。

二  本件事故について

1  本件事故及びその前後の状況等

右争いのない事実に加え、《証拠略》によれば、本件事故及びその前後の状況について、以下の事実が認められる。

(一)  原告(昭和四六年九月二八日生)と被告(昭和四七年九月二一日生)は、平成二年一一月、被告の乗り組んだ船が原告の住居地である気仙沼に寄港した際、知り合い、同月のうちに、原告は、被告の実家に泊まりがけで出かけ、そのころから、性交渉を持つようになった。なお、この折り、被告は、その知り合いの女性から自動車を借りて原告を助手席に乗せて運転し、無免許運転で警察に補導されている。原告は、平成三年一月ころ、再度、被告の実家を訪れ、二週間程度、被告とともに過ごし、被告は、この間、次第に原告との結婚を考えるようになり、原告にもその旨を仄めかすようになった。これに対し、原告は、当初は、迷いがあったものの、同年二月に、生理が止まって、妊娠を知ったころから、次第に、被告との結婚を考えるようになった。もっとも、被告は、その両親に原告との結婚については話していなかったし、原告も、同様だったようである。

(二)  被告は、同年三月一一日には、函館から漁船に乗り組んで長期間原告と会えなくなる予定であったことから、その前日ころ、互いに電車を利用して、盛岡で落ち合い、同日中に、原告所有の本件車両を取りに、気仙沼に向かった。その後、被告は、船に乗るのを取り止め、原告とともに、盛岡で三泊し、被告の仕事を探したが、適当な仕事がなかったため、同月一四日ころ、盛岡から、本件車両に乗って、高速自動車道を通って青森へ向かい、青森からフェリーを利用して函館に到着し、同所で二泊した後、被告宅に向かった。この間、被告は、無免許であったが、高速道路において、高速度で本件車両を運転し、また、同月一三日以降、原告が吐き気が強くなって、助手席あるいは後部座席で寝ていた間にも、原告に代わって、本件車両を運転していた。

(三)(1) 原・被告の乗った本件車両は、同年三月一六日午後六時ころ、北海道桧山郡上ノ国町字館野無番地付近の国道二二八号線を、松前町から江差町方向へ時速六〇キロメートル位の速度で走行していたところ、本件車両は、右場所付近において、アイスバーンとなっていた路面にスリップしてハンドルを取られ、車両の走行方向が制御できなくなり、右国道から進行方向の左の路外へと逸脱し、路外の地形が下りの斜面となっていたため、車体に、落下運動が生じた。そして、本件車両は、車体前部左の前照灯付近が、別紙交通事故現場見取図E1の電柱に衝突し(以下、これを「衝突<1>」という。)、その前照灯付近が多少凹む損傷を生じた。

(2) 本件車両は、この衝突によって、前記落下運動に加えて、水平方向への回転運動を生じ、続いて、時速四〇ないし五〇キロメートル位の速度で、後方から、前記E1の電柱の約九メートル前方の別紙交通事故現場見取図E2の電柱に衝突した(以下「衝突<2>」という。)。本件車両は、衝突<1>から<2>に至る間に、右水平回転運動によって、車体が半回転し、また、落下運動の関係により、助手席側が運動席側よりもかなり持ち上がった状態で停止し、助手席側の車輪は、宙に浮くような状態となった。前記のように、衝突<1>による車体の損傷は、前照灯を中心とした部分に限定されており、その損傷の程度もさほど大きくないのに対し、衝突<2>による車体の損傷は、後部フェンダーに横一文字の円筒状凹損であり、車体後部の全面にわたるものである。なお、衝突直後、本件車両の運転手席のシートバック(背もたれ)は、ほぼ垂直に立っている状態にあり、助手席のシートバックは、倒れた状態であった。

(3) 原告は、衝突<1>及び<2>によって、第六、七胸椎脱臼骨折による脊髄損傷、胸髄損傷、血気胸、肺挫傷、右下顎部裂傷等の傷害を受け、また、同人の右肩付近には、幅五センチメートル、長さ一〇センチメートル程度の皮下出血痕(圧迫による出血と認められる。)が生じた。これに対し、被告の受傷状況は必ずしも明らかでないが、多少の怪我はあったとしても、病院で手当を要するような傷害ではなかったとみられる。また、本件車両の後部座席は、その背もたれが前に倒され、その上に小さな布団が敷かれていたが、その運転席側の布団上には、血痕が付着していた。

(四)  被告は、本件事故後、車内に倒れていた原告を車外に運び出して、事故現場を通りかかった自動車の運転手に、事故の発生を告げ、救急車を呼んでくれるよう依頼し、同運転手は、本件事故現場から江差方向にあるガソリンスタンドに勤めていた斉藤広彰に右連絡を依頼した。被告は、到着した救急隊員に対し、本件事故当時、本件車両の運転手は被告であった旨供述した。被告は、その後、道立江差病院に向かい、同病院内で、本件事故処理を担当した江差警察署の長井隆(以下「長井」という。)に対しても、本件事故当時、本件車両の運転手は被告であった旨供述していたが、その後、長井とともに、本件事故の実況見分のため、事故現場に向かった際、供述を翻し、事故当時の本件車両の運転者は原告であった旨述べるようになった。

(五)  原告は、事故当日のうちに、道立江差病院から函館市立函館病院に搬送され、同病院の集中治療室に収容された。原告は、事故後一、二週間程度経った後、同治療室において、長井から事情を聴取され、その際、本件事故当時、原告が本件車両を運転していたこと及びその際シートベルトをしていたことを認める供述をした。その際、原告の母である松子は、長井から右供述に対する署名を求められたが、右供述は正しくないとして、署名を拒絶した。また、原告は、前記函館病院において、薬やレントゲン等の影響から、子供を産むことは難しい旨告げられ、被告の同意のもと、平成三年四月二日、妊娠中絶の手術を受け、その後、同月一五日、公立気仙沼総合病院に転院した。被告は、同月一〇日ころ、漁船に乗り組んで函館を去り、以後、原告とも交渉がなくなった。

以上の事実が認められる。

2  本件事故当時の運転者について

(一)  前記認定の後部座席の血痕付着状況からすれば、原告は、本件事故によって、その後部座席の運転席側に、その受傷した胸部あるいは下顎部付近が位置するような形、すなわち、頭部が運転席後部に、足部を助手席側になるような姿勢で投げ出されることになったことが明らかである。

ところで、鑑定の結果によれば、衝突<1>によって、車両の乗員に働く力は、別紙「事故車内の乗員の相対運動の検討図」のA→B方向であると考えられるから、原告の乗車位置が運転席あるいは助手席のいずれであったにせよ、原告が衝突<1>によって、後部座席に投げ出されたとは考えられない。これに対し、衝突<2>によって、車両の乗員に働く力は、右図面の5方向に加え、助手席から運転席側のG方向の重力がかかるので、結局、助手席側から後部座席の運転席側の方向に向かって力がかかることになり、原告が、助手席側に乗車していたとすれば、まさに、前記のような衝突後の原告の態勢と符合することになる。これに対し、原告が、運転席側に乗車していたとすれば、シートバックが倒されていない以上、衝突<2>による右のような力の作用で、後方に体が投げ出されることは不可能であるが、本件事故直後、本件車両の運転席側のシートバックがほぼ垂直に立っていたことは前記認定のとおりであり、右のような衝突後の客観的状況をもとに判断する限り、本件事故当時、原告は、助手席に乗車していたものと認めるほかない。

なお、被告本人《第一、二回》は、本件事故当時、原告は、運転席側のシートバックを倒しぎみにし、ハンドルにしがみつくような格好で運転していた旨供述するけれども、どのような姿勢で運転するにしても、わざわざ運転席側のシートバックを倒さなければならない理由はないと考えられるし、本件事故直後に撮影されたと考えられる本件事故車の写真に照らしても、本件事故直後に右シートバックが立ったままの状態にあったことは明らかであり、右被告本人の供述は必ずしも採用し難い。

また、《証拠略》によれば、本件事故車両と同一の車種では、原告の同程度の体格の女性が運転していた場合、時速三〇キロメートル以上の速度で衝突した場合、アジャスタのつめが壊れて、シートバックが倒れることがあると認められるが、本件で、衝突<2>時の速度は必ずしも明らかでないものの、いずれにせよ、前記の写真からすれば、本件車両が、右衝突によって、アジャスタのつめが壊れ、シートバックが倒れたような状態にあったとは認め難いから、この点も、右判断を左右するものではない。

(二)  もっとも、前記認定事実からすれば、原告の右肩付近には、本件事故によって、幅五センチメートル、長さ一〇センチメートル程度の皮下出血痕(圧迫による出血と認められる。)が生じているところ、被告は、これは、その部位、形状からして、運転席のシートベルトによって生じたものであると主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、右のようないわゆる三点式のシートベルトの場合、典型的なシートベルト痕は、胸部の皮下出血あるいは表皮剥脱という形で生じることが多いと認められるが、原告の前記出血痕は、肩部だけにとどまり、胸部には生じていないこと、また、原告にシートベルト痕が印象されるとすれば、それは、衝突<1>の際の衝撃によるものと認められるが(前記のような衝突<2>時の力の作用方向からすれば、衝突<2>の時は、シートベルトは機能しないことが明らかである。)。衝突<1>は、本件車両の速度を一〇ないし二〇キロメートル程度減速させただけのものに過ぎず、右衝突による車両の破損状況からしても、衝突<1>の際の衝撃は、さほど大きなものとは認め難いのであるから、この程度の衝撃で、着衣の上から(当時、原告は、時期的にみて、ある程度厚着をしていたと考えられる。)人体に痕跡が残るほど、強くシートベルトが作動したとも考えにくい。

なお、原告は、本件事故により、第六、七胸椎脱臼骨折による脊髄損傷、胸髄損傷、血気胸、肺挫傷等の傷害を負っているところ、右受傷は、後記(三)のとおり、衝突<2>によって、車両本体を含む車室内の何らかの物体に強く衝突したことによって生じたものと考えられるのであるから、原告が、そのような強い力で胸部付近を打撲した際、それに伴って右成傷物体あるいはその近辺の物体に肩部を打撲あるいは圧迫され、右痕跡となった可能性も決して否定できないと考えられる。

(三)  また、被告は、原告の前記のような胸部の傷害は、運転席に乗車中に車体の前部に激しく衝突したことによるものであり、また、右下顎部裂傷の傷害は、運転席のハンドルに原告の右下顎部がぶつかったことによるものであると主張する。

しかし、原告が、車体の前部あるいはハンドルに胸部や顎部をぶつけるとすれば、それは衝突<1>の時点しかないが、衝突<1>の状況は、前記のような車両の損傷状況からみても、衝突<2>に比べ、さほど大きな衝撃が加わったとは認め難いのであるから、シートベルトを着装していたと考えられる運転者が、このような衝突で、胸椎の骨折に至る程に胸部を強打したり、顎部を受傷するとは考えにくい。また、下顎部の怪我は裂創であり、突起部等のないハンドルに打ち付けたことによって生じるようなものとも認め難い。このようにみてくると、これらの受傷は、その具体的な機序、原因を明確に特定することは困難であるが、その傷害の程度、態様からみて、衝突<2>の衝撃で、原告の体が急激に後方に投げ出された際、車両本体を含む車室内の何らかの物体に強く衝突したことによって生じたものと推認するほかない。

(四)  なお、乙一七の鑑定書は、本件事故の状況につき、原告は、衝突<1>により、ハンドルに下顎を打ったのち、急激な回転により、左斜め後方への力を受けて上半身がリアシー卜左に移動し、原告の体が右フロントシートからリアシー卜左にかけて頭がバックドアに接触あるいはそれに近い状態になっていたところ、そこに被告の体が衝突<2>により、後ろ向きに前方から急激な速度で倒れてきて、原告の胸部の受傷が生じた旨記述している。

しかし、原告が衝突<1>によって、ハンドルに下顎を打ち付けたとの判断が首肯し難いことは前述のとおりであるが、それはさておいても、右鑑定書のような受傷状況であるとすれば、血痕も、リアシート上の左側(助手席側)に付着する筈であるが、前述のように、血痕が付着していたのは、リアシートの右側(運転席側)の布団の部分である。また、右のように、衝突<2>によって、被告の体に後ろ向きの力が働くのであれば、同じ衝突によって、原告の体にも同様な力が働き、原告の体もさらに移動するなり、車内の物体に衝突して然るべきであるが、右鑑定書では、何らその点についての説明もなされていないのであって、右鑑定書を全体としてみるとき、証人林洋の証言及び鑑定の結果を覆すに足る程の信用性を持つものとは認め難い。

(五)  さらに、被告は、原告は、本件事故発生の一五分前ころにも、本件車両を運転していた旨主張し、それを原告が本件事故当時の運転者だったことの根拠とするけれども、右主張に沿う証拠は、被告本人《第一回》の供述のほかには、被告の弟である乙山春夫の証言しかなく、この点に関する原告本人の供述に加え、前記認定のように、原告は、本件事故前の数日間、体調を崩し、被告が本件車両を運転することが多かったことなどに照らせば、右各証拠から直ちに、原告が本件事故直前、本件車両を運転していたと認めることもできない。

なお、原告が、事故後、病院で長井から事情を聴取された際、本件事故当時、原告が本件車両を運転していた旨供述していたことは、前記認定のとおりであるが、当時、原告と被告は将来の結婚を考える間柄であり、かつ、原告は、被告の子を宿していたことなどからすれば、右は、原告が、無免許だった被告を庇っての供述と認めるほかなく、この点も、前記の判断を左右するものではない。

三  責任原因について

右三に認定した事実によれば、被告は、普通乗用自動車の運転免許を受けていないにも関わらず、本件車両を運転し、かつ、路面が凍結していたにもかかわらず、減速するなどの措置をとらず、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  損害について

1  治療経過等

《証拠略》によれば、原告は、本件事故により、第六、七胸椎脱臼骨折による脊髄損傷、胸髄損傷、血気胸、肺挫傷、右下顎部裂傷等の傷害を受け、北海道江差病院に運ばれ、応急措置を受けたのち、事故日である平成三年三月一六日から同年四月一五日まで市立函館病院に入院し、その間、右傷害の治療のほか、人工妊娠中絶も受けたこと、同月一五日から同年五月二一日までは地元の公立気仙沼総合病院に転院し、同月二一日から平成四年四月一四日までは東北労災病院に、同月一五日から同年七月三〇日までは、再び公立気仙沼総合病院に入院し、その後は、退院して、自宅療養中であること、また、原告は、本件事故により、第六胸髄以下の知覚を喪失し、運動不能、起立不能、日常生活は車椅子となり、また、自排尿不能という障害を負ったこと、右後遺障害は、事故後まもなく、その症状が確定したとみられること、なお、原告は、右高度の排尿困難により、カテーテルの消毒と足のけいれん止めの薬を貰うために、月に一、二度、公立気仙沼総合病院に通院していることが認められる。

2  各損害について

(一)  治療費 一七七万七七八七円

《証拠略》によれば、請求原因5(一)の治療費については、右一七七万七七八七円の限度で認められる。なお、東北労災病院における治療費については、消費税四八五七円相当額が重複して計上されている。

(二)  付添看護費 二〇〇万八〇〇〇円

前記1からすれば、原告は、前記五〇二日の入院期間中、近親者の付添いを要する状態にあったと認められるところ、右付添費は一日につき四〇〇〇円とするのが相当であるので、その付添費用は、二〇〇万八〇〇〇円となる。

(三)  入院雑費 六〇万二四〇〇円

前記五〇二日の入院期間につき、一日あたり一二〇〇円の入院雑費を要したことは経験則上認められるので、右費用は、六〇万二四〇〇円となる。

(四)  入院慰謝料 三〇〇万円

前記入院期間中の精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇〇万円とするのが相当である。

(五)  後遺症による逸失利益 四二四五万円

原告は、前記後遺症により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるところ、原告の右後遺障害は、事故後まもなく、すなわち、原告が一九歳当時に確定したとみられる。そして、原告の就業状況としては、アルバイトをしていた以上の事実を認めることはできないから、原告の逸失利益は、平成三年当時の賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・女子労働者学歴計の賃金月額である一九万五七〇〇円を基礎として、就労可能期間を四八年間とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると(係数一八・〇七七一)、その金額は四二四五万円となる(万円未満切捨て)。

(六)  後遺症慰謝料 二四〇〇万円

原告の前記後遺症の内容、程度に照らすと、右後遺症に対する慰謝料としては、二四〇〇万円をもって相当と認める。

(七)  将来の付添看護費 二六三九万円

前記認定の原告の後遺症からすれば、原告は、将来ともその日常生活に介護を要する状態にあると認められるところ、その平均余命の範囲内である六七歳まで(原告の請求期間)の近親者付添費用を、一日につき四〇〇〇円として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると(係数一八・〇七七一)、その金額は二六三九万円(万円未満切捨て)となる。

(八)  車両破損による損害 四〇万円

《証拠略》によれば、原告所有の本件車両は、昭和六三年式であり、車両本体価格が八〇万円位でスタッドレスタイヤを別途購入し、本件車両に装着していたと認められるから、本件事故当時の時価は、四〇万円位であると認めるのが相当である。

そして、《証拠略》によれば、右車両は、本件事故により、破損し、使用不能の状態になったと認められるから、右車両破損による損害は、四〇万円となる。

(九)  家屋改造費 四〇〇万円

原告は、下半身麻痺の後遺障害を負った事実が認められるのは前述のとおりであるから、その住居内においても、車椅子による生活を余儀なくされるものと認められ、玄関の敷居や床の段差、あるいは、階段などが存在する場合には、相当程度の不都合が生じると推認されるから、これらの障害を除去するために必要な費用は、本件事故と相当因果関係がある損害であると認められる。しかし、右障害の除去は、一般的には、右に述べた玄関の敷居や床の段差、階段等の改造工事をもって足りるというべきであって、これを超えて住居の新築までが必要であるとは認め難い。

ところが、原告は、右玄関や床、階段等の改造にとどまらず、家屋全体を新築しているため、そのうち、本件事故と相当因果関係がある損害がいくらであるかを確定することは困難であるが、《証拠略》に照らせば、右玄関や床、階段等の改造のみを行った場合でも、少なくとも四〇〇万円程度の費用を要したと考えられるから、その限度で、右家屋改造費を認めることとする。

(一〇)  損害小計 八三七〇万二五四九円

右(一)ないし(九)の合計は一億〇四六二万八一八七円となるところ、原告は、被告が無免許であることを認識しながら、被告が運転する車両に同乗したことが明らかであるから、その損害額から二割を減ずるのが相当である。

したがって、右損害額は、八三七〇万二五四九円となる。

(一一)  弁護士費用 八〇〇万円

右損害額に照らすと、本件事故に関する弁護士費用としては、八〇〇万円が相当である。

(一二)  損害合計 九一七〇万二五四九円

以上の損害合計は、九一七〇万二五四九円となる。

五  婚姻の不当破棄について

前記二認定の事実によれば、被告は、平成三年一月ころから、次第に原告との結婚を考えるようになったこと、これに対し、原告も、当初は、迷いがあったものの、同年二月に、生理が止まって、妊娠を知ったころから、次第に、被告との結婚を考えるに至ったことが認められるものの、それ以上に具体的な形で婚姻を約したわけではないし、双方とも知り合って四か月余の時期である上、その両親に結婚の話をしていたわけでもないことなどからすれば、原告と被告が互いに結婚の気持ちを有していたとはいっても、それがどこまで確実な合意といえるかは疑問が残り、本件で、婚姻の予約が成立したとは必ずしも認め難い。また、仮に、右婚姻予約が成立したとみる余地があるとしても、《証拠略》によれば、本件で、原告と被告が、婚姻に至らなかったのは、本件事故の発生により、原告が前記のような障害を負ったこと、それに対し、被告が必ずしも誠意ある対応を示さなかったため、原告も被告に対する信頼と愛情が薄らぎ、原告の母親らも結婚に反対するようになり、自然に、結婚の話が解消に向かったことなどによるものであると認められるから、その間の被告の原告に対する対応が適切なものであったといえるか否かはともかく、被告が婚約を不当に破棄したとはいえないと考えられる。

したがって、婚約の不当破棄を理由とする損害賠償請求は理由がない。

六  結論

よって、原告の請求は、被告に対し、損害賠償として九一七〇万二五四九円及びこれに対する本件事故の発生した日である平成三年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払の限度で理由があるから、その限度でこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年一〇月二〇日)

(裁判長裁判官 及川憲夫 裁判官 佐藤道明 裁判官 山崎克人)

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